目次
IT業界では、SES契約による多重下請け構造が常態化しています。
そして、多重下請け構造には、多くの弊害が発生します。
この記事では、SES契約によって生み出される「多重下請け構造の背景」と、
「多重下請け構造が無くならない理由」について考えてみたいと思います。
▼筆者の紹介(ITエンジニアとしての業務経験) ・IT業界経験年数 8年(営業経験:4年 SE経験:6年) <案件,業務経験要約> ・PCキッティング・展開 ・各種ネットワーク詳細設計・構築 ・各種サーバー設計・構築 ・ヘルプデスク(Windows、Office365製品サポート) ・仮想化設計/構築 ・クラウド設計/構築
筆者のSEプロフィールの詳細については、下記記事で紹介しています。
多重下請けとは何か?
まず始めに、多重下請け構造とは何か?について記載したいと思います。
多重下請けとは、字の通り「下請け」取引が「多重」(2つ以上)になっている取引構造の事を指します。
「多重下請け」と異なる取引としては、「直接商流(取引)」があります。
それぞれ、イメージを元に説明していきます。
直接商流(取引)
直接商流とは、案件を元受けベンダーから直接受注する取引です。
下記にイメージ図を記載します。
この場合、取引商流は Nベンダー⇒C社です。
下請けと呼ばれる部分は、 C社のみとなります。
C社のみで1社ですので、「多重下請け」ではありません。
次に、多重下請け取引の構図を見ていきます。
多重下請け取引の構図
下記が多重下請け構造のイメージ図です。
取引商流は、Nベンダー⇒A社→C社となっています。
下請け部分は、 A社→C社で、2社となっています。つまり、「多重」です。
上記では、下請け部分が2社となっていますが、3社以上になることもあります。
上記の取引になると、 Nベンダー⇒A社→B社→C社となり、
下請け部分は、A・B・Cの3社となります。つまり「3社多重」です。
これが、多重下請け構造に関する大まかなイメージです。
次に、多重下請け構造がなぜ起きるのか?について記載します。
多重下請け構造が発生する理由
多重下請け構造の取引が発生する理由の一つとしては、
「IT系会社にはそれぞれ取引先が決まっていて、決まった取引先としか取引をしない」という構図があります。
上記は取引のイメージ図です。
「大手SIer層」が、いわゆる案件の元受けと言われるSIベンダー層です。
「大手SIer層」が、下請け会社に発注の取引を行いますが、
大手SI:N社の取引先は 「M社」
大手SI:F社の取引先は 「G社」
大手SI:R社の取引先は 「S社」
というように、各社、取引する下請け会社が決まっています。
さらに、 M社はO社、G社はH社、S社はT社・・・というように、
下請け以下の中小IT企業でも、取引する会社は決まっています。
つまり、どういうことかというと、「自分が取引をしていない会社とは直接取引ができない」という
事になります。
上記のイメージでは、真下↓の会社とは取引していますが、
斜め↘↙の会社とは、取引をしていません。
・N社は、G社とは取引をしていない
・M社は、H社とは取引をしていない
といった具合です。
このような取引背景を理解していただいた上で、実際の取引の一例を記載します。
実際の多重下請け取引の発生イメージ
N社が、直接下請け取引先であるM社へエンジニアの発注が可能か問い合わせます。
M社は、自社に要員が居ないため、協業先であるG社に発注可能か問い合わせます。
G社はH社に、H社はT社に・・・と、それぞれの会社の取引先に問い合わせをしていきます。
芋づる式に伸びた結果、T社にようやく、対応可能なエンジニアが居ました。
T社のエンジニアが、N社のプロジェクトへ参画することとなります。
取引の構図(商流)は下記の通りです。
N社(元受け)→M社(二次受/再委託)→G社(三次受/再々委託)→H社(四次受/再々々委託)→T社(五次受/再々々々委託)
上記の例では、N⇒ M→G→H→T という、4多重下請け取引となりました。
この流れが、多重下請け構造が出来上がるパターンの一つとなります。
次に、多重下請け構造がもたらす弊害(デメリットについて)記載します。
多重下請け構造の弊害
多重下請け構造には、多くの弊害(デメリット)があります。
しかし同時に、多重下請け構造にならざるを得ない理由もあります。
それぞれについて記載していきます。
多重下請けのデメリット
多重下請け構造によって生まれる弊害(デメリット)について、一部を記載していきます。
・責任逃れ
・契約の曖昧さ
・品質管理の困難さ
・中抜きの発生
・需要単金と供給単金の大きな乖離
このように、多重下請けには多くの弊害が生まれます。
それぞれの弊害については、別記事で言及をしたいと思います。
多重下請け構造にならざるを得ない理由
次に、多重下請け構造が生まれてしまう理由について、いくつか挙げてみたいと思います。
・法整備の問題(違法ではない)
派遣契約である場合、二重派遣契約は完全に違法となりますが、
SES契約(準委任)の再委託契約は、委託者が承諾をすれば問題ないとされています。
法律的には違法では無いため、多重下請け(再委託)は、委託者が良しとすれば発生してしまいます。
・中小企業が乱立していること
日本にある中小IT企業は、※約4万2千社ほどあるようです。
また、中小IT企業は、全IT企業数のうち98.7%を占める割合となっています。
いかに中小企業が多く存在しているかが、数字を見ても読み取れます。
※参考:「平成28年経済センサスー活動調査」全IT企業数:43006社、IT中小企業数42,454社
中小IT企業の多くは、売上を上げる「売上先」を探し営業をします。
しかし、中小IT企業には、システム設計を丸ごと提案・受注できるほどの技術力や提案力は無いため、
多くは、SIer等元受けベンダーへの業務委託契約を求めます。
そして、SI等元受けベンダーは、中小企業ほど多くは存在しません。さらに言ってしまえば、
SIの数は決まっています。
仮に、43000社IT企業のうち、大手SIベンダーが1000社だとすると、
42000社の中小企業が、1000社のSI案件を取り合っている とも言えます。
さらに、後述する「取引先が限定」されることで、自然と多重下請け構造が出来上がってしまうということです。
・取引先が限定していること
各社、取引先を増やすように営業にしのぎを削っていますが、
取引先は会社によって異なるのが現状です。
また、IT業界の営業については、業界特有の取引の構図やルールがあったりします。
▼IT業界特有の取引の構図やルール(暗黙の了解) ・大手SIへの新規営業は、提案力や営業力が無いと難しい →そもそも、はじめから大手SIやE/U等への営業は行わない中小IT企業は多い ・中小IT企業同士は、「パートナー企業」等と言って、横同士繋がりを持とうとする →多重下請け構造ともっとも密接な部分。 ・多重下請けで成り立った取引で、間の取引先を抜かして直接取引することはタブーとされている(商流飛ばし) 例:A→B→C→Dなどで取引をしていて、 A→D(BとCを飛ばす)ような取引を行うこと →例外はあり、商流飛ばしで取引が成立するパターンもある
上記のような構図やルールもあり、各社の取引先は限定的な場合がほとんどです。
・人材の供給でビジネスが成り立つ
IT企業の本分は、「技術力の提供」だと筆者は考えていますが、実際、そうではないIT中小企業が多く存在します。
平たく言えば、「人材情報と案件情報のマッチング」により、中間マージンを得るビジネスです。
ここが、SES契約の最大の癌であると筆者は考えます。
この場合、自社で人材を雇用せず、他社の人間と他社の案件ニーズをマッチング(仲介)します。
40万円で仕入れて、45万円で売り、差額の5万円のマージンを得るといった具合です。
このようなビジネスが成り立つには、成り立つ背景があります。
その原因の一つに前述の、「取引先の限定」「中小企業の乱立」があります。
直接取引がある会社で売上を立てたくても、立てられない場合もあります。
その場合、直接取引先の会社を新規に営業するのは非常に困難なため、
容易に取引が可能な、横のつながりである中小企業を頼って案件を探すのです。
結果的に、下記のような多重の下請け構造が出来上がってしまいます。
このように、日本のIT業界には、特有の「多重下請け構造」という取引の構図が発生する事と、
発生せざるを得ない背景があります。
この構造そのもの自体もちろん問題ですが、この構造について、現場のITエンジニアの多くは理解をしていないという事も問題だと筆者は考えています。
まずは、「今自分がどのような商流、取引の構図でエンジニアをやっているのか」について、多くのエンジニアに把握してもらいたいと思っています。